火曜日, 6月 24, 2014

○○出てこい

ちふれグランドの練習後。口火を切ったのは○○だった。
「俺たちはヘタクソなのだから、泥臭くやらないといけない」
 ここから先は○○の独壇場だった。
「考えてみろよ。俺らの中で一番うまいのは カナピーさんだ。でもカナピーさんでも、世界中を見渡してみれば、それほどでもないんじゃないか? これからレギュラーシーズン2順目で戦う相手と比べれば、それほどでもないんじゃないか?
 湯郷には宮間がいる。INACには沢や新外国人がいる。あいつらは一発で試合を決める力の持ち主だ。カナピーさんがあいつらと同じレベルで試合を決められるだろうか? そうじゃないだろう? みんなでやらなきゃだめなんだ。
 俺らはもっと走って、もっと頑張っていかないとだめだ。コツコツやらないといけない。エルフェンらしいスタイルとか、パスを回すとか、もちろん理想は大切だけど、ヘタくそはヘタくそなりに泥臭くやんないと、必ずやられる。
 このままでは1対1の局面になったら、俺らは全部負けだ。せっかくなでしこリーグに出ても、逆に恥ずかしい試合になってしまうぞ」(闘莉王『大和魂』幻冬舎のパクり)

日曜日, 6月 22, 2014

プリドゥぐらいが丁度いい


言葉というのは難しい。
どんなに精緻に練られていたとしても解釈次第でどうにでも取れるのは、自衛隊の海外派遣が常態化し、友軍の助太刀から戦争になりかねない我が国の平和憲法が証明している。

国の根幹を成す憲法ですらそうなのだから、個人が日常発する言葉に、過剰な期待や責任を負わすのは間違っている。

少なくても充分通じる母国語でさえそのザマだから、散々通じないとされているの日本人の英語が、突如として人種差別の槍玉に挙がってしまうのはどうにも胡散臭い。

Japanese Only 「慣れない英語を使うからだ」ではなく、何の変哲もない言葉を差別に結びつけようとする連中が存在するからこそ問題になった。

言葉がどれほど通じないか。

栄えあるワールドカップ開幕戦、オープニングゲームを任された西村主審が、クロアチア選手から「英語が話せず、日本語で話していた。」と揶揄される始末。





試合後にクロアチアのDFヴェドラン・チョルルカ(Vedran Corluka)は、「主審は英語を話さず日本語を話していた」と主張している。

審判の能力を厳しく査定するFIFAが、自信を持って指名した審判団に対する不服であり、人種差別を含んだ侮蔑的な表現だ。
もし事実であったならこの選手に厳しいペナルティが科せられるべき問題である。

結局、不利益を与えられたと考える者達にとっては、どんな流暢な言葉も耳に届かないばかりか、ちょっとした言い間違い等を足がかりに、反論を試みるのは当然の事なのだ。

受け手が「差別と受け取ったら差別」なんて規定が大手を振るようならもう安全な発言など出来やしない。

レギュラーシリーズの折り返しに入った なでしこリーグ。

エルフェン埼玉のサポーターが出す横断幕が話題に上ることがある。


元は単なるスペルミスなのだが、「プライドかけて戦ってるのは狭山だけじゃない」そんな難癖も予想される昨今、今にして思えば先手を取って封じ込めたと言えなくもない。

priには先とか前とかと言った意味があったはず。
ブービー争いとなった対吉備戦に勝利し、これからdoするのか?

今までの戦績では、なでしこリーグで何も成し得ていないに等しい。

doする前段階としてのpri。
どうせ日本人の英語は通じない。

ならばprido 全然OKじゃないの(笑)

金曜日, 6月 20, 2014

胸熱


もう三〇年ぐらい前になるんで詳しいことは覚えてないが、我が代表チームが海外有名チームと親善試合をした時のワンシーンを今でも鮮明に思い出す。

ゴール前で外国のスター選手を日本人プレーヤーが倒した。

特に悪質なプレーではなかったと思う。

倒れた選手に手を差しかけた時、いきなりグーパンチが手を差し伸べた選手の顔面に叩き込まれた。

今なら一発レッド+相当の制裁が科せられる行為だが、レフリーは見て見ぬ振り。

「海外ビッグクラブのスター選手様にご無礼を」
まるで代表選手が悪いかのような扱いだったし、ニュースにすらならなかった。

それほど日本のサッカーが低く見られていた時代が本当にあったのだ。

いや、そんな昔話をするまでもなく、先のアフリカ大会だって相手国が「日本戦は楽勝」と舐めて掛かっていたのを記憶してる人も居るはずだ。

我が日本のサッカーは先進国から見ると、取るに足らない存在だったのだ。

そんな弱小国の審判団が、名誉あるオープニングゲームを任される。

なでしこジャパンがW杯を制し世界一になったのと同じくらいの快挙と言えるのではないだろうか。

もうそれだけで胸が熱くなる。

サッカーの社会から一定の評価を勝ち得た審判団となでしこジャパン。



翻って、男子A代表はどうだろうか。

なでしこや審判団ほどに日本ブランドは浸透しているのだろうか?

世間一般の論調を見ると我が国はサッカーは超一流国で、
以前あれほど苦手にしていたアフリカ勢を一蹴し、厳しいヨーロッパ予選を勝ち抜いた強豪を苦ともせず、南米の強国もなんのその、グループステージ勝ち抜けを当然と考える人が多いことに気付かされる。

なにより、本田、長谷部、吉田、病み上がりの選手達のリハビリにW杯本戦を使える贅沢さ・・・

もうまもなくキックオフ。

どんな結果になろうとも、胸が熱くなる戦いが待っている。

火曜日, 4月 29, 2014

やれやれ団のうた

今日は昭和の日。

それにちなんで懐かしい話題がチラホラ。
どっぷり昭和世代のしょうパパにとって、自分自身をパパなんて言ったら鳥肌モノで卓袱台ひっくり返すのがデフォ。

今や我が家のテーブルはどっしり重く、昭和のように簡単にひっくり返せなくなった。

物事が進んでしまってひっくり返せなくなる前に、打つべき手を打つのが賢い人の責任であって、時代の変化を先取りする能力が必要とされる。

しょうパパがまだまだ可愛らしい少年だった1972年、日本は中国と国交を回復する。
確か上野にパンダが贈られて来たのも同じ年だったはずだ。

日本国中が中国との国交回復に湧く中、テレビ特撮ヒーロー、愛の戦士レインボーマンがインドの山奥で修行を終えて茶の間のテレビで活躍していた。

そのエンディングで歌われていたのが「死ね死ね団のうた」


今だったらPTAが目くじらたてて反対運動を起こし、即座に放送中止モノの凄い歌だ。
あんまりインパクトが強いモノだから、今でも口ずさめるくらい。

日本人の殲滅を目的とする「死ね死ね団」
子供心に「あり得ない」と思って見ていたが、なんだか理不尽な要求を突き付けて来る昨今の中国韓国を、まるで予見していたかのような内容だった。

ドラマの原作は、森進一のヒット曲「おふくろさん」で有名な 川内康範。

繰り返して言うが、日本国中「日中国交回復」に湧いている中で作られた点を忘れてはならない。
レインボーマンの修行先はインド。
権力に媚びる日本のテレビ局なら、「中国で修行した事にしてくれませんか」と注文の一つも付けたはず。
それをわざわざインドにしている点が凄い。

まあ国際情勢や政治の話になると長くなるので程々にするが、あの時代、「連携すべきは中国ではなくてインド」そう言い切れる人はこの川内先生を除いて幾人居ただろう。

それはそれ、
今では演奏さえも憚れる「死ね死ね団のうた」だが、内容に注目すべき点は多い。
このまま埋もれさせてしまうのはあまりにも勿体ないので、歌詞を書き換えて見た。



やれ!やれ!やれやれやれやれやってやれ~

赤い××をやっつけろ~

パスで相手を崩してしまえ!

やれ!(あ~)やれ!(う~)やれやれ~

相手ディフェンス邪魔っけだ!

ゴールキーパーぶっ飛ばせ!

やれやれやれ  やれやれやれ

世界の頂点目指したれ! やれ!

やれやれやれ  やれやれやれ ~ ( やれやれやれ~)

やれやれやれ  やれやれやれ ~ ( やれやれやれ~)




行け行け行け~ ( 行け行け行け~ )

行け行け行け~  ( 行け行け行け~ )

行け!行け! 行け行け行け行けいっちまえ~

黄色い相手をやっつけろ~   
パスもシュートも防いでしまえ!

行け!(あ~)行け!(う~)イケイケ~

ピッチの外へ放り出せ!

黄色い相手をぶっつぶせ!

行け行け行け  行け行け行け

ナデシコ女王目指しちゃえ! イケ!

行け行け行け~ ( 行け行け行け~ )

行け行け行け~ ( 行け行け行け~ )

行け行け行け~ ( 行け行け行け~ )

行け行け行け~ ( 行け行け行け~ )

行け行け行け~ ( 行け行け行け~ )

 赤字のところは相手によって変えようかと・・・

先日デビューした新コールリーダーが大人に成って、色っぽい声が出せるようになったらスキャットの部分をやれやれ!って煽ったり、色々面白そうだw

まあ、現実には無理だろうな

やれやれorz

久々のブログ更新がこんなのでスミマセンm(_ _)m
それも、やれやれって事で・・・

木曜日, 1月 09, 2014

倍返しの殺伐



突然耳がおかしくなった。
生まれて初めて経験する痛みと不快感から、思わず大声が出た。


その声に驚いて、まどろんでいた彼女がびっくりして飛び起き、俺の顔をのぞき込む。
バカな俺から見ると聡明で何事もテキパキとこなし、まるで全知全能の女神のような彼女

とは言え、ごく平凡な一女性であり、彼女にとっても俺と過ごす毎日は一々初体験の連続だから俺の急変に慌てるばかり。

何事も彼女を頼ってきた自分。
今まで二人で経験して来た事全て、彼女の献身的な働きで数々のピンチを乗り切ってきた。

今回も適切な処置で痛みは取れたのだが、得体のしれない不快感は残っている。


手足どころか首も満足に動かせない自分にとって、周囲の状況は彼女の表情からしか掴めない。 その彼女が不安気にオロオロしている。

さっきの大声で、どうやら彼女ばかりではなく近くで寝ていた人まで起こしてしまったらしい。
迷惑を掛けたのは申し訳ないが、文句を言うその人だって、俺と同じ経験をした事があるはずだ。


ならば手助けしてくれれば良いものを、俺の最愛の彼女に向かって「手際が悪い」だの「やり方が違う」だのと、助けてくれるどころかまるで喧嘩を売っているかのように彼女に絡んでくる。

彼女の身が危ない!!

俺は身動き出来ない身体を呪ったが、自分に出来る唯一の方法で対抗しようと決心した。





ボクのママをいじめるな~!!




新幹線に限らず、閉じこめられた空間で泣きわめく子供に発言権を与えたら、きっとこんな風ことを言いだすんじゃないだろうか。


子供連れで旅をするのは憂鬱なものだ。

今は一人っ子が多いから、殆どの親が初めての経験をし、そしてその経験を次に生かすことなく子育てを終える。

憂鬱な旅であっても数回我慢すれば済むから、失敗から学んで洗練させる必要もない。


かくして、毎回同じ様な騒動が繰り返される。


問題は世の中に蔓延る”倍返し”の発想。


「泣き声でイラついたから、睡眠薬を飲ませろ」なんて、、、何倍返しなんだろ。


2014年の平和な日本で、「露助に見つかると皆殺しにされるから、泣き喚く赤ん坊は殺せ」そんな時代錯誤の悪夢が蘇ろうとしてる。


余りに寒々しい話に凍り付いて、シベリアせんかと心配になるがもう少しお付き合い願いたい。

ホリエモンは「そもそも正月に帰省する必要があるのか」とまで脱線する暴走機関車だから、その派手な論説にばかり目が行って、問題の本質がボケてしまう。





赤ん坊の泣き声が気に障るのは、赤ちゃん自身の生存が掛かった必死の警報だからだ。

「何とかしてあげないと大変な事になる」ヒトは本能的に知っているから他人の子供の泣き声でも心が泡立つ。


まして我が子なら尚のこと、一番慌て「どうにかしなくちゃ」と焦ってるのは親に決まっている。

何人も子育てして経験を積んだ親なら対処の引き出しも豊富だろうが、新米親にそれを求めるのは酷な話だ。


ほんの少し昔の日本だったら、子育て経験豊富なおばちゃんが助け船を出してくれただろうが、今やそういう人は絶滅に近い。


孤立無援の上、周りからプレッシャーをかけられた経験を持つホリエモンさんなら、きっと親子に同情すると思ったのだが、、、


「やられたらやり返す」


倍返しかよ。



そんなギスギスした世の中、大人の俺でさえ怖い。

「子供の泣き声は迷惑だ!」確かにそう主張する権利はあるのだろう。

けれど、一方的に権利を振りかざす事が、逆に子供の泣き声は大きくしている可能性と、誰もが幼児期を過ごして大人になった 事実をもう一度考えてもらいたい。



睡眠薬で静かにさせろ
子連れは社会に出てくるな

そんな過激な意見が多くてビックリしてる。

他者に対して不寛容なら、自身に対してはそれ以上に厳格であるはず。

ざっと世の中見渡して、自分を厳しく律する人などホンの一握りだし、希に出会ったとしてもそうした人は他者に優しい場合が殆どだ。

自分に甘く他人に厳しい人ばかりなんだけどな。